心の灯
2024年1月投稿
「関大卒業後」
多田 孝男さん(19期・経)
「今の私があるのは関大と秀麗寮のお陰である」と言っても決して過言ではない。
5歳から両親がなく、養父母(父の両親の養子となる)に、毎日叱られて小学校では口も利けなく、「働け」と、祖父から高校進学を大反対され、祖母に毎日高校進学を懇願し、どうにかこうにか進学し、その後祖父が他界したので、関大に進学し、そこで初めて自我を持つ「私」が誕生した。
関大のネームバリューで、差別の激しい銀行に採用されて40年勤務し、退職後障害者施設で就労移行支援員で7年、兼務していたヘルパー(障害者の外出支援)は現在も続いており、「来年度も是非ともお願いしたい」と依頼を受けて、あと1年はヘルパー業務を継続する予定である。関大と秀麗寮と私と結婚してくれたカミさんには感謝して日々過ごしている。